
航空写真家 ー ただの飛行機好き
1950年札幌生まれ。
小学3年夏の日本航空DC-4搭乗によって飛行機好きを自覚し、1963年に航空機撮影を始めてから症状がさらに進んで今に至る。少年時から鉄道、音楽と並んで飛行機は自分を支える三大柱の一つ。東京教育大学附属高校卒、東北大学卒、㈱ニコン(旧日本光学株式会社)に40年間勤務。カメラ事業部門では国際写真コンテスト、海外向けカタログ、取扱説明書、デジタル画像研究、ブランド戦略、事業計画などの業務に携わる。アメリカ赴任時代には担当する電子測量機の新製品発売にあたり、TopGun Total Stationと名付けて米市場に投入。よく売れたがTopGunネーミングの寄与度は未検証。
1979年から航空月刊各誌で写真を発表。現在は豊富な撮影経験とカメラ・レンズ技術やデジタル画像技術に関する知見を活かして、航空月刊誌での写真記事連載や航空写真展のプロデュースなどを行っている。
日本写真作家協会(JPA)会員、日本写真学会会員、フォトマスターEX
1971年の空 - 小牧のF-4ブルーエンジェルズ
オリジナル写真の撮影機材は一眼レフカメラ Nikomat FTnとNikkor 300mm f/4.5, 135mm f/2.8, 35mm f/2.8レンズ。使用フィルムはKodak Tri X PanとKodachrome II。デジタル化はNikon D800EとAF-S Micro Nikkor 60mm f/2.8Gによる等倍複写。現像・仕上げソフトはNikon Capture NX2。
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米海軍のThe Blue Angelsは1971年秋に創設25周年を記念して初の極東ツアーに出た。初来日したブルー・エンジェルズは小牧基地で開催された第3回国際航空宇宙ショーで公開展示飛行を実施。仙台で大学生活を送っていた私はとるものもとりあえず名古屋に遠征して超満員の小牧に三日間通ったのである。
ブルー・エンジェルズといえばグラマンF11F-1タイガー、これがテレビ番組“ジェットパイロット”で育った世代の常識である。1960-61年に制作された30分の米海軍PRドラマに毎回登場するタイガーの流麗で美しい形態と俊敏で正確な動きは、当時小学生の私をすっかり虜にした。来日時にはすでにF-4J ファントムIIに機種を更新していたので憧れのタイガーを見ることはできなかったが、超重量級の大型戦闘機が極限の密集編隊で展開する“プレシジョン・フライト”には度肝を抜かれた。
展示飛行は10月29日と31日の2回実施。29日は低視程の曇天で撮影ネガが極度に低コントラストになり、まともなプリントを作れないままお蔵入り。31日は晴天だったが会場側からは厳しい逆光で、これまた思うような写真にできずにお蔵入り。せっかく歴史的なシーンを撮影できたにもかかわらず、作品化はすっかり諦めていた。
それから半世紀、保管箱に眠っていたネガフィルムやポジフィルムを取り出してデジタル一眼レフカメラで複写してRaw画像データから慎重に階調を引き出してみると、ブルーズ・ファントムのドキドキするほど魅力的な姿が見事に甦ってきたのである。
銀塩プリントの制作では、化学処理の技術的制約が大きい事に加えて感材の選択も限定されているので、思うような階調を作り出すことがたいへんに難しい。いっぽうデジタルデータのほうは非常に自由度が高い編集が可能なおかげで、繊細で微妙な調子を得ることができる。これまで大量の複写画像データを扱う中で気付いたのは、銀塩フィルムには思いもよらないほど豊富な階調情報が蓄えられていたということである。化学処理では引き出すことができなかった銀塩フィルムの高い描写ポテンシャルが、デジタルデータ化によって初めてフルに活かされるようになったのだ。つまりデジタル化による銀塩フィルムの再発見と再評価というわけで、実に興味深い事である。